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カードファイト!ヴァンガード 続高校生編 最終回 「ようこそ、カードファイト部へ」感想 -続高校生編は視聴者に何を伝えたかったのか-

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人攫って記憶抹消して奴隷同然の扱いしてたクソ外道犯罪者の表タクトが全うに裁かれるどころかコーリンメインの話だったのにタクトに関して誰も一切触れなかったのがゴミカスゲロうんちだったなと思います、倫理観を疑う。

終わり。

 

 

 

 

 

 

…というのは半分嘘です。最後になりそうなのでもうちょっと真面目に語っていこうかなと思います。

前にも描きましたし他所でも結構言われてますが、続高校生編はハッキリ言ってかなり微妙な内容でした。生徒会との小競り合いに4話使う冗長な構成、前作を観てないと理解できないネタやキャラの数々、何の面識も無いレオンが伊吹を救うという積み重ねに欠けた脚本、次回予告を筆頭としたクソ寒いギャグ、崩れまくった作画、甲子園本戦以降のファイト省略省略アンド省略…

最終回も「結局何も思い出せないけどコーリンが楽しそうだからまぁいっかー」レベルの内容で正直アレだったなと思いました。ハッキリ言って歴代ヴァンガードで一番酷い章だったまであります。

 

ただそんな続高校生編にも一貫したテーマはあったと思います。それは

「一度絆を結んだ間柄であればその人と物理的に離れ離れになったり、その人のことを忘れてしまったりしても必然的に再会することができる」

という考え方です。ある種の「縁」(えにし)とも言うべき考え方でしょうか。(「えにし」と言ってもどっかのダークゾーン支部長やってる百合カップル絶対守るマンでは無いぞ)

 

まず前にも述べた通り「続高校生編」ではタクト(ブラント)との戦いの後、カードファイト部の4人がコーリンについての記憶を失くしてしまった、コーリンもカードファイト部の4人のことを忘れてしまいTDN…じゃなかった、ただのそこら辺のアイドルに戻って活動しているという設定がキーとなっていました。

 

そして結論から言うと劇中においてコーリンは最後までカードファイト部の仲間の事を思い出すことはありませんでした。こちら側の世界線の彼女にとって先導アイチは最後まで甲子園決勝前日が初対面であり、甲子園決勝後のエキシビションが初の手合わせだった扱いです。

しかし劇中ではあくまでこれを「コーリンとカードファイト部は運命で繋がっており、記憶を失くしたのならまた同じように一から思い出を作り直せばいい(意訳)」という風に肯定的に描写していました。多分制作的には最初から甲子園の試合よりこのテーマを描きたくて甲子園はこれを描く為の舞台装置に過ぎなかったのでしょう。最終回まで観てそんなことを思いました。

また同章では杉田…もとい立凪ノームによって登場人物に対して記憶改変が行われ、(途中で思い出した伊吹以外は)「誰もブラントとの戦いについて覚えていない」という設定がありました。

これに関しても一応レンがPSYクオリアによってブラントと戦うアイチを幻視するといった間接的な描写はありましたが、前述の伊吹以外は最後まで何があったか思い出せないままであり、「何かよく分からないけどアイチがヴァンガード守ってくれた気がするしアイチにお礼言わなきゃいけない気がするわー」みたいな扱いでした。前述のコーリンに関するストーリーの落とし所に似ていますね。これもこの作品の性質がよく表れている部分だと思います。

 

他にも本作ではデリート(ここでは根絶者を使っていた時の伊吹が持っていたカードのユニットとファイター間の絆を断ち切る力のことを指す)に抗ってカードとの絆を取り戻そうとするファイター達の戦いが描写されたり、本作の前作に当たる「高校生編」においてもナオキがコーリンに対して「記憶が無くても俺たちは仲間のままだ」と言及したりしています。本作が

「繋がりは一度失ってしまっても取り戻せるということ」

を1つのテーマにしていることは明白でしょう。

 

…と、ここまでが物凄く好意的に見た本作の考察です。

これだけ書くと物凄く練られたシナリオっぽく聞こえますが、このテーマを描くにあたって「最後まで過去の記憶を思い出せないままで終わる」というのはかなりスッキリしない、気持ち悪い終わり方だなぁっていうのが正直な感想でした。個人的にこの手の記憶喪失ものって「思い出させる」までがストーリーとしてワンセットになっててそれによってカタルシスを感じさせるのが娯楽作品としての目的になっていると思ってるので…

後はこの一つのテーマを描く為に色々犠牲にし過ぎだなと思いましたね。ファイト省略は酷いし、ナオキは親友を馬鹿にする奴は絶対に許さない友情に厚いキャラにしたかったんでしょうが、言った言わないレベルの内容で公衆の面前で年上の相手に土下座強要するような人間に改悪されるし…

そもそも「絆は結び直せるし、記憶喪失や歴史改竄ぐらいで無くなるもんじゃない」ってテーマ自体そんなに珍しいものじゃないし、もっと上手く扱ってる作品いっぱいありますからね。具体的にはブシロが原案やってたコーリンとトコハとサーヤの中の人が出てる某バトロワ舞台アニメとか。

前述の櫂とレンがブラント事件の記憶が無いっていうのも唐突感が否めなかったし、それが特段脚本を面白くしてたわけでもなかったし正直いらない設定だったなって感じました。そもそもこのアニメはキャラの罪揉み消す為に記憶喪失設定を乱用し過ぎ。

最後がコーリンに負けて終わりっていうのも「先導アイチ」というキャラの物語の終着点としては釈然としなかったです。最終話のエンディングがミサキとコーリンの声優含む4名が歌っていた「毎日くらいまっくす☆」に変更されており、なおかつ映像がほとんどミサキ・コーリン・エルばっかりでアイチとナオキがほぼ映ってなかったのも露骨だなぁとしか…

 

長々書いてきましたが「テーマは一貫してたけどそのテーマと視聴者が観たがっている物があまりにも乖離しているし、そのテーマを描く為にあまりにも多くの物を犠牲にし過ぎている」

っていうのがこの作品の総評です。他にも内輪ネタが寒いとかエルに他作品パロやらせるのやめろとかGキャラ改悪して汚すなとか色々描きたい事はありますがとりあえずこれで終わりにします。声優さん、スタッフさん、そして俺以外の視聴者の皆さんお疲れ様でした。店長編の感想は気が向いたら書きます。

おわり

 

 

 

おまけ



作画もうちょい頑張れ。